治療と職業の両立ガイドラインって何?

治療と職業の両立ガイドラインって何?

健康寿命が注目される中、病気やケガを抱えながらも体調と相談しながら就業している人もいます。治療と職業の両立ガイドラインは、職業生活と私生活のバランスをとりやすくするのではないでしょうか。

治療と職業生活の両立について

厚生労働省の事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン(以下、治療と職業の両立ガイドラインと言います。について、「事業場が、がん、脳卒中などの疾病を抱える方々に対して、適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行い、治療と職業生活が両立できるようにするため、事業場における取組などをまとめたもの」と定義づけています。事業場で、がんを始めとしたさまざまな病気を抱えながらも、職業生活と治療を両立して働く意欲・能力のある労働者が働き続けられる社会を目指すことの重要性などについて、意識の啓発のための研修や、治療と職業生活を両立しやすくするための休暇制度・勤務制度の導入などの事業場としての環境整備、治療と職業生活の両立支援の進め方、その中でも「がん」について留意すべき事項をとりまとめています。

たしかに病気によっては、健康な労働者と同じように就業することが、体調面の問題などで難しいケースもあると思います。ただ、治療や通院の時間が確保できれば離職せずに一人の労働者として社会に参加し続けることも可能です。今回は、病気などを理由に労働者が離職してしまわないよう、治療と職業の両立について考えていきます。

治療と職業の両立ガイドラインで、なぜ「がん」なのか?

労働者が抱える病気にはさまざまなものがありますが、その中でも今回「がん」が重視されているのはなぜでしょうか。平均寿命が延び、健康寿命が注目されるようになった中で、日本人を苦しめ、また死に至らしめる病気には以下のものが多くあります。厚生労働省の死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合によると、以下のようになっているのが分かります。

日本人の死亡率
厚生労働省 死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合を元に作成

このグラフでは日本人の男女総数の数字を利用していますが、男女別では以下のようになっています。

男女の死亡率
死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合より

この資料によると、男性・女性ともに1位が悪性新生物(がん)、2位が心疾患であり、3位が男性は肺炎、女性が脳血管疾患であることが分かります。これらのことから、日本人の死因の1位を占めているのは悪性新生物(がん)と言えます。ちなみに、日本人の三大死因は「悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患」です。

国立がん研究センターがん情報サービスのがん統計の年次推移によると、がんの死亡数と罹患数は、人口の高齢化を主な要因に、いずれも増加し続けているそうです。例えば、同センターによると、生涯でがんに罹患する確率は、男性が62%(2人に1人)、女性が46%(2人に1人)だそうです。一見すると、高い数値に感じるかもしれませんが、その一方でがんの生存率は多くの部位で上昇傾向にあるそうです。生存率が上昇していることからも、長く付き合う疾病の一つとして職業生活と治療での両立が必要と言えるのではないでしょうか。

治療と職業の両立ガイドラインで「がん」に主眼を置く理由が分かったところで、お話を先に進めていきたいと思います。

治療と職業生活の両立支援を巡る状況

治療と職業の両立ガイドラインから現状を確認すると…

平成 25 年度厚生労働省委託事業の「治療と職業生活の両立等支援対策事業」によると、企業を対象に実施したアンケートで疾病を理由として1か月以上連続して休業している従業員がいる企業は、メンタルヘルス不調が 38%、がんが21%、脳血管疾患が12%だったそうです。また、「平成 22 年国民生活基礎調査」に基づく推計によると、仕事を持ちながら、がんで通院している人の数は、32.5万人もいるそうです。さらに、労働安全衛生法に規定された一般健康診断で、脳・心臓疾患につながるリスクのある血圧や血中脂質などに関する有所見率は、年々増加し、平成26年は53%もあったそうです。労働者の過半数が有所見率のついた診断結果を出されていることから、今後は疾病の治療と職業の両立はもとより、いかに疾病を未然に防止するかが問われていくのではないでしょうか。まさに、一次予防(そもそも疾病にかからないようにする)・二次予防(早期の発見と早期の治療によって、病気の進行よりもスピーディーに治す)・三次予防(病気や障害の進行などを防ぐことで、少しでも改善するように努める)といったことにも注力していかなければなりません。別記事の健康日本21(第2次)の生活習慣病の発症予防と重症化予防でも触れていますが、かかってしまった疾病を重症化させないように職業と治療を上手に両立させていくことを考えることが今後の課題であり非常に重要なことなのです。

また、最近では平均寿命だけではなく健康寿命が注目されるようになってきました。不治の病とされてきた疾病も治療しながら付き合っていくものに変わりつつあります。このようなこともあり、治療の継続ができる状態であれば必ずしも離職しなくても良い状況が生まれてきました。

治療と職業の両立ガイドラインによると、糖尿病を抱えながら就労する人のうち8%の人が「通院や学業の忙しさ」を理由に通院を中断しているそうです。また、連続1カ月以上の療養を必要とする社員が出た場合に病気休職を申請せず退職したり、一部に病気休職を申請せず退職したりする人がいる企業は、正社員のメンタルヘルスの不調の場合は18%、その他の身体疾患の場合は15%もあったそうです。ちなみに、過去3年間で病気休職制度を新規に利用した労働者のうち、38%が復職せず退職していたというデータもあることから、企業側の理解も必要ですが労働者自身も自分自身で疾病に対する理解を深めることが必要なようです。このような中で、治療と職業の両立ガイドラインが現状を打破するものになってくれるかもしれませんね。

治療と職業生活の両立支援の位置づけと意義

治療と職業の両立ガイドラインにもありますが、企業が労働者の疾病に対する理解を深め、治療のための時間を確保することや、柔軟な働き方を認めること、労働者が自分自身の疾病に対し理解し治療と職業生活を両立していけるようにするためにはどうすれば良いのでしょうか。治療のための通院時間を確保する中で、周りの労働者との間に軋轢が生まれてしまわないように私たちに何ができるのでしょう。この答えを考えるためにも、治療と職業の両立ガイドラインを使って一緒に考えてみましょう。

治療と職業の両立を支援がなぜ必要なのか?

不治の病とされてきた疾病も治療しながら付き合っていくものに変わりつつあるほどに医学は進歩してきました。治療と職業の両立ガイドラインにもありますが、企業が労働者に対して治療と職業の両立を可能とさせるために行う取り組みは労働者の健康の確保という意味だけではなく、継続的な人材を確保することにもなります。また、がんに罹患しても就業の場が確保されているということは労働者の生活の安定や安心感、モチベーションの向上を図ることができ、これによって人材の定着・生産性の向上も期待できます。また社会的にも関心の高い健康経営の実現への一歩にもなりますし、多様な人材の活用による組織や事業の活性化、組織としての社会的責任の実現、労働者のワーク・ライフ・バランスの実現といった意義もあることが治療と職業の両立ガイドラインを読むと分かります。

また、独立行政法人労働者健康安全機構によると、がんなどの疾病を抱えていても就労意欲のある人は92.5%もいるそうです。たとえ疾病を抱えていたとしても、就労意欲がある限り就労の場があることは患者自身の励みにもなります。就労する理由は、生活の糧や治療代などかもしれませんが、やはり治療を続けながら就労できる環境を備えることが求められているのではないでしょうか。健康経営やワーク・ライフ・バランス、ダイバーシティ、各種の限定社員制度などを利用して治療と職業が両立できる方法を探してみましょう。

治療と職業生活の両立支援を行うための環境の整備

ポイント1)労働者や管理職に対する研修などによる意識啓発

治療と職業の両立ガイドラインでは、治療と職業の両立を円滑に行えるように、当事者やその同僚となり得る全ての労働者、管理職に対して、治療と職業生活の両立に関する研修等を通じた意識啓発を行うことについて触れられています。がんなどに罹患している労働者自身が自分自身の疾病について正しく理解することも重要ですし、その患者の周りで就労する他の労働者、それから管理職を含む上司などに対して、治療と職業の両立をするために社内で意識を啓発するための研修や教育を行ってください。具体的には、疾病の症状や障害などに関する正しい知識を研修などで得た上で、勤務形態を柔軟にして通院しやすい勤務体制や休暇を利用しやすい社内制度の構築などを推進してみるのも一つの方法です。

ちなみに、厚生労働省の治療を受けながら安心して働ける職場づくりのために~事例から学ぶ治療と仕事の両立支援のための職場における保健活動のヒント集~によると、疾病を抱える労働者が治療と職業の両立のために必要だと感じているのは以下の5つが多いようですから、参考にしてみても良いですね。

  1. 体調や治療の状況に応じた柔軟な勤務形態(47.8%)
  2. 治療・通院目的の休暇・休業制度等(45.2%)
  3. 休暇制度等の社内の制度が利用しやすい風土の醸成(35.0%)
  4. 働く人に配慮した診療時間の設定や治療方法の情報提供(28.0%)
  5. 病気の予防や早期発見、重症化予防の推進(26.0%)

ポイント2)労働者が安心して相談・申出を行える相談窓口を明確化

通常は労働安全衛生法(以下、安衛法と言います。)で定められた健康診断を実施して、それによって企業が把握した場合以外に関しては企業が労働者の個人的な疾病については把握していません。ですから、個々の労働者の疾病に関しては、労働者自身からの申告が必要です。」そのため、労働者が企業への相談や申告を安心して行えるような相談窓口や、そのような申し出がされた際に備えて情報の取扱いに関するルール作りが必要です。

ポイント3)時間単位の休暇制度、時差出勤制度などを検討・導入

治療と職業の両立ガイドラインにもありますが、労働者が治療と職業生活を両立するにあたって短時間の治療が定期的に繰り返される場合や、就業時間に一定の制限が必要な場合、通勤による負担軽減のために出勤時間をずらす必要がある場合などがあります。ですから、それぞれの事業場の状況に合わせて治療のための配慮を行うために休暇制度や勤務制度の変革が望まれています。

〇時間単位の休暇制度について

その1)時間単位の年次有給休暇の利用

新しい休暇制度を作ることも方法の一つですが、まずは労働基準法(以下、労基法と言います。)に規定されている年次有給休暇については労使協定があれば1年で5日分までに関しては1時間単位で付与することができます。

その2)傷病休暇・病気休暇の利用

法定外の休暇として企業が設けるものです。年次有給休暇とは別の枠組みで入院や通院などに利用することを目的とします。法定外のものですから、この休暇の取得条件や取得中の賃金の支払いの有無などは企業側が決めます。

〇勤務制度について

時差出勤制度…始業時刻と終業時刻の片方あるいは両方を変更することで、通勤ラッシュを避けることが可能になり疾病を抱える労働者の体への負担を軽減できます。

短時間勤務制度…育児、介護休業法に基づく短時間勤務制度とは別のもので、企業が自主的に設ける制度です。所定労働時間を短縮することで療養中・療養後の負担を軽減することを目的にしています。

在宅勤務…企業が自主的に設ける制度で、パソコンなどの情報通信機器を活用した場所にとらわれない柔軟な働き方を認めることで、自宅での就労が可能になり通勤による負担を軽減できます。

試し出勤制度…企業が自主的に設ける制度で、長期に渡る休業明けの労働者に対して復職を円滑に行うために、時間や日数を少なくして行うものです。復職する本人や受け入れる周りの労働者の不安を改善し、徐々に準備を進めていくことができます。

ポイント4)主治医との連携と環境づくり

疾病を抱える労働者の主治医に対してその労働者の業務内容などに関する情報を提供したり、主治医から就業上の必要な措置などに関しての意見を得たりするためのルールなどを整備します。そのために、疾病を抱える労働者本人、人事労務担当者、上司や周囲の同僚の他に産業医や保健師、看護師などの産業保健関連者の役割と対応手順をあらかじめ整理しておくことが求められます。そして、疾病を抱える労働者本人の同意をとった上で、治療と職業の両立の支援のために必要な情報を共有し、連携することが重要です。

関係者間の円滑な情報共有のための仕組みを作ることで、継続して就業することが可能なのかどうか、就業に際して何か配慮や措置が必要なのか、治療の状況や心身の状態を把握し、医師の意見を得る必要があります。治療と職業の両立ガイドラインにもありますが、そのために、医師の意見を得るための書式を用意しておきましょう。

治療と職業生活の両立支援の進め方

ポイント5)労働者から企業への申出

安衛法での健康診断以外に関しては、労働者本人から企業に対して疾病に関する情報の提供があった時点で治療の継続と職業を両立するために支援の希望の申出や主治医からの就業上の配慮事項に関する意見書などが出された場合には、それに基づいた対応をとるようにしてください。

ポイント6)必要な措置や配慮について産業医などから意見を聴取

疾病を抱える労働者から申し出があった場合には、企業は主治医などから就労上の注意点や配慮が必要な内容に関して聞き取りを行ってください。

ポイント7)企業が就業上の措置などを決定・実施

治療と職業の両立ガイドラインにもありますが、企業は疾病を抱えた労働者が治療と職業を両立することが可能な場合には、主治医などに意見を踏まえて就業上の必要な配慮や措置をすることが必要ですが、その際には必要に応じて、具体的な措置や配慮の内容及びスケジュール等についてまとめた「両立支援プラン」を作成することが望ましいとされています。両立支援プランの作成の際には、産業医等や保健師、看護師等の産業保健スタッフ、 主治医と連携するとともに、必要に応じて、主治医と連携している医療ソーシャルワーカー、看護師などや地域の産業保健総合支援センター、あるいは保健センターなどの保健師、社会保険労務士などの支援を受けるなどしてより多角的な視点から作成してください。また、両立支援プランを作成したからと言って、治療の終了後に通常の職務にすぐに復帰できるとは限りませんので注意しましょう。復帰の際には、焦らずに少しずつ前に進めるような配慮ができると良いですね。

その他の留意したい点について

治療と職業の両立ガイドラインは、がん「など」の疾病について触れていますが、がん以外にも脳卒中や肝疾患などについても触れています。例えば、脳卒中の場合には再発などを予防することと治療のための配慮、後遺障害が残った場合の障害の特性に応じた配慮、復職後の職場適応とメンタルヘルスなどについて書かれています。肝疾患については、一般的な対応と肝硬変の症状(倦怠感、食欲不振、浮腫など)がある場合の対応、肝がんの場合などについて書かれています。

さいごに

がんに限らず、正しい知識を持つことで、疾病を抱える労働者の治療と職業の両立を助けることに繋がります。疾病を抱える労働者が、職業生活と治療を両立して働く意欲・能力を活かせるよう社内の環境を整備してみてくださいね。

メルマガ登録